東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2888号 判決 1969年9月29日
控訴人 エ・ア・ブラウン・マクフアレン株式会社
被控訴人 日野木材株式会社
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金四〇〇万円およびこれに対する昭和三四年二月二八日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え。被控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は、左記に付加するほか原判決事実欄の記載と同一であるから、これを引用する。
一、控訴代理人は、別紙(一)のとおり陳述した。(立証省略)
二、被控訴代理人は、別紙(二)のとおり陳述し、なお「被控訴人主張の相殺の抗弁における自働債権の充当関係については、まず被控訴人主張の遅延損害金債権(原判決事実欄被告主張二(八)(3) 記載)をもつて、ついで被控訴人主張のその他の債権をもつて、順次充当するものである。本件引渡未了の木材のうち乙第一五号証の二の送状記載以外の分については控訴人に送状を送付しなかつたが、それは乙第一五号証の二の送状について控訴人の副署(カウンターサイン)が得られなかつたので、それ以外の分についても同様に得られないことが明らかであつたからである。」と述べた。(立証省略)
理由
当裁判所も控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであり、被控訴人の反訴請求中原審認容部分は正当であると判断するが、その理由は左記に挿入・付加するほか、原判決理由欄の説示と同一であるから、これを引用する(ただし、被控訴人の反訴請求中ブナ材の品傷みによる損害金一、二五五、八三四円およびこれに対する遅延損害金の請求部分については、原審はこれを排斥したが、被控訴人はこれに対して控訴ないし附帯控訴をしていないから、右請求部分の当否は当審における審判の対象となつていないので、この部分についての説示の引用はこれを除く。)。
一、原判決原本一六枚目裏四行目の第四項の冒頭に「当審証人北島昭一郎の証言およびその他控訴人が当審で提出援用にかかるすべての証拠をもつてしても以上の各認定を左右するに足りない。」と挿入し、同一七枚目表六行目の「理由がなく」とある次に「(なお、右相殺については、被控訴人の指定によりその主張する遅延損害金債権がまず充当されたことは弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。)」と挿入する。
二、次に、控訴人の当審における追加的主張について判断する。
(1) 控訴人の準備書面第四項の主張について
被控訴人は、そのなすべき履行の提供をしたにもかかわらず控訴人が代金支払義務を履行しないことを理由として、本件二個のブナ材売買契約を解除したものであることは、その主張当体から明らかであり、被控訴人主張の損害賠償の請求も右解除に基づく損害賠償の請求であるから、法律上受領遅滞について債権者は責任を負うものでないとの控訴人の主張は、その前提を欠くものであつて採用の限りでない。
また、成立に争いのない乙第一号証の一、二および当審証人北島昭一郎の証言によれば、MX-二九六号の契約においては受渡場所として当初は「横浜港または大阪港倉庫渡し」と約定されたが、昭和三一年九月五日付でこれを「横浜港本船乗渡し」と変更することに約定されたことが認められる(控訴人と前示乙第一号証の一の売買契約書の受渡期限の欄に「買人指定の本船に積込のこと」とあるのを根拠として当初から本船渡しの約定であつたように主張するが、これはあたらない。)。しかし、右乙第一号証の一によれば控訴人が右売買契約において受渡期限内に積み込むべき船名および入港年月日を被控訴人に通知すべきことを約定していたことが明らかであるにもかかわらず、その通知をしなかつたことは当事者間に争いのないことであるから、MX-二九六号の契約に基づくブナ材についても横浜港富島組倉庫に保管せしめてその旨の通知をすれば(この事実は原審証人堀士幸雄の証言(第一回)により明らかである。)、被控訴人としてなすべき履行の提供としては十分であるというべきであるし、またMX-二九六号、MX-二九七号の両契約履行のため栃木、福島両県下の被控訴人の工場に保管中のブナ材についても、その引渡義務につき被控訴人になんら債務不履行を責むべき点がないことは、当裁判所が引用する原判決理由二(ロ)に詳細説示するとおりである。
なお、控訴人は積み込むべき本船の指定ができなかつたのはイスラエル紛争によるものであつて、信義則上宥恕すべき不可抗力によるのであるというが、前示乙第一号証の一、二、成立に争いのない同第二号証の一、二の売買契約書によるも、本件ブナ材がイスラエル向輸出のみにあてられる趣旨は明示されていないし(当審証人北島昭一郎の証言によると、右各契約書にイスラエル向輸出の旨を記載しなかつたのは、紛争中のため輸送中に不利益を受けないためであると供述するが、本件契約が締結されたのは紛争勃発前であつて、その当時紛争の起ることを両当事者とも予想していなかつたことは原審証人丹呉長光、同堀士幸雄(第一回)の各供述からも明らかであるから、右北島証言は採用できない。)、原審証人堀士幸雄の証言(第一、二回)によれば、昭和三一年一〇月イスラエル紛争が起るやただちに被控訴人から控訴人に対してこれに関し照会したところ、控訴人の回答として、同年一二月頃には紛争も納まるだろうし、控訴人は英人商社であるから英国にも取引があり、ブナ材の行先はどこにでもあるから、製材を続けてもらいたいといわれたので、被控訴人は製材を継続したものであることが認められるのみならず、本件当事者間においてこの種の紛争が起きた際には代金支払を宥恕すべき特約ないし信義則上の義務があることを認めるに足りる資料もないから(本件売買契約書である前示乙第一、第二号証の各一によれば、「品質不良、荷造りの不完全、その他買手の責に帰すべからざる事由による損害は本品受渡後と雖も、かつ買手申出が幾分遅延した場合も、総て売手負担のこと」との条項があることが認められるが、イスラエル紛争が起きたことも右条項中の「買手の責に帰すべからざる事由」にあたるとする原審証人丹呉長光の供述する見解にはにわかに賛しがたい。)、控訴人の主張は理由がない。
(2) 控訴人の準備書面第五、第八項の主張について
被控訴人が控訴人に対してなした所論契約解除は、本件MX-二九六号、MX-二九七号の両契約のうちブナ材の引渡未了の部分全体につきなされたものであることは、当審引用の原判決理由二(3) に説示するとおりであり、被控訴人は右両契約につき現実または口頭による提供をしたにもかかわらず、控訴人はその代金を支払わなかつたことは、前記のとおりであるから、その解除の効力が両契約に及ぶことは当然である。これに反する所論は採るに足りない。
(3) 控訴人の準備書面第六、第七の主張について
売買代金支払のため信用状が開設された場合、それが国内信用状(Local Letter of Credit)であると否とを問わず、信用状自体は発行銀行において代金支払を保証することを表示するものであつて、それは売買代金の支払を確実円滑ならしめるための手段にすぎないのであるから、売買契約中にその代金支払につき国内信用状による旨定められ、かつ、これに基づき信用状が発行された場合、売主はまず当該信用状により代金の支払を求めるべきであることは当然としても、もし信用状の発行銀行が約旨に反して支払をしないような場合は勿論、信用状により売主が発行銀行と為替手形を取り組み支払を受けるための条件が買主の責に帰すべき事由により充たしえない場合には、売主は信用状によらないで買主に対して直接に代金の支払を請求することができるものというべきである。
これを本件についてみれば、控訴人から委託を受けた香港上海銀行東京支店から被控訴人に対して発行された三通の国内信用状のうち、当初発行された乙第一四号証の一(成立に争いがない。)の信用状を除く他の二通については、条件の一つとして控訴人の副署(Countersign )のある送状の提出を要するものと定められていたことは当事者間に争いがないところ、原審証人堀士幸雄の証言(第一回)と同証言により成立を認める乙第一五号証の一、二、同第一六号証および本件弁論の全趣旨によれば、乙第一五号証の一の信用状につき作成された乙第一五号証の二の送状については、被控訴人から控訴人に対してその副署を求めたにもかかわらず控訴人は理由なくこれを拒絶したこと、そのため被控訴人としてはその後に発行された乙第一六号証の信用状についても同様に送状を送付しても副署を得られないこと明らかであるところから、これにつき控訴人に対する送状の送付はしなかつたものであることが認められる(右認定に反する当審証人北島昭一郎の証言は採用しない。)。右のように国内信用状に定める条件を充たしえなかつた原因は、すべて控訴人の責に帰すべき事由に基づくものといわざるをえないから、前記説示のように、被控訴人がすでに支払を受けた乙第一四号証の一を除く他の信用状については右事由により発行銀行から売買代金の支払を受けるに由ないものである以上、被控訴人はこれらの信用状によらないで控訴人に対し直接に代金の支払を請求することができるというべきである。これと異なる控訴人の見解は独自の見解であつて採るを得ない。
なお、控訴人は、甲第四号証(成立に争いがない。)差入れの経緯について云々するが、控訴人主張のように親信用状を得られない窮状を被控訴人が諒承していることの証拠がないのみならず、前示乙第一四号証の一の国内信用状については、その発行銀行と為替手形を取り組むための条件中で送状については、他の信用状と異なり、売主たる被控訴人の署名があれば足り、控訴人の副署を要しないものであつて(この点に反する控訴人の準備書面第二項の主張は明らかに誤つている。)、しかも被控訴人はこれにより右銀行から支払を受けていることは被控訴人の自から認めるところであるし、原審証人北島昭一郎の証言によつてもこれを認めうるところであるから、右甲第四号証の存在することはなんら当審の以上の認定の妨げとなるものではない。
三、以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求を棄却し、被控訴人の反訴請求を認容した部分の原判決は、いずれも相当であつて、本件控訴は理由がない。
よつて、民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 青木義人 高津環 浜秀和)
別紙(一)
控訴人の準備書面(昭和四四年五月一四日付)
一、茲に審理について御終結を賜るに当り、控訴人はその主張を次の如く要約して陳述するものである。
二、本件MX-二九六とMX-二九七の二個の売買に於ける代金の支払が、夫々
1 国内信用状を以て為されるものと特約されていたこと(乙第一号証の一、乙第二号証の一各買約証参照)
2 而して、控訴人がその支払約款の特約に基いて被控訴人に対し、既に国内信用状を開設交付していたこと(乙第一四号証の一、乙第一五号証の一及び乙第一六号証各国内信用状参照)
3 右国内信用状の内、九二/四五番(乙第一四号証の一)のものについては、その期限を一旦昭和三一年一二月一〇日と定めたが、後同年一一月七日これを昭和三二年一月一五日に延期し(乙第一四号証の二信用状添付書類参照)、九二/四八番(乙第一五号証の一)のものについては、その期限を昭和三二年一月一〇日と定め、さらに九二/五三(乙第一六号証)のものについては、その期限を昭和三二年一月一〇日と定めていたこと
4 前記三通の本件国内信用状はいずれもその提供証券として
イ、商業送状二通以上
ロ、県発行の検査証明書三通
ハ、倉庫保管証
の提供を要すべきものとせられていたこと(乙第一四号証の一、乙第一五号証の一及び乙第一六号証各国内信用状参照)
5 右4のイの商業送状には被控訴人に於て、控訴人から確認の趣旨の副署を得ておくことを要件とするものであつたこと(乙第一四号証の一、乙第一五号証の一及び乙第一六号証各国内信用状参照)
とせられていたものであるところ、
6 次で、被控訴人が本件各国内信用状の前記期限までに、控訴人の副署を得た提供証券の提供を為して、本件各国内信用状によつて代金の支払を受けなかつたこと
被控訴人がその後昭和三二年五月六日に及んで、内容証明郵便を以て控訴人に対し、「在横浜富島組倉庫保管中の現品三四六、八八立方米の代金の支払並びに栃木、福島両県下の工場に保管中の製材について買約証摘要第一項による船名及び入港月日を指定されたく催告し、万一にも七日以内にその履行のないときは、本件二個の売買契約を解除する」旨停止条件付解除の告知を為したこと(乙第四号証内容証明郵便参照)
控訴人が右催告に副う国内信用状外の支払並びに船名及び入港月日の指定を為さなかつたこと
は、当事者間に争のないところである。
三、而して、本件売買がイスラエル向けの貿易商品の国内買付のために為されるものであることについて、契約締結の当時被控訴人がこれを諒承していたことは、本訴の貸金の請求に対し、被控訴人がその答弁として既にその事実を認めているところである(原審の答弁書参照)。
四、被控訴人は、反訴状請求の原因第三項に於て「(MX-二九六の内)三四六、八八立方米は同様反訴被告に引取つて貰うため右横浜富島組倉庫に現実に提供し、且残余の製品についても契約の本旨に従い履行の提供を為すと同時に」と主張し、本件損害賠償の請求について、控訴人が本件木材の引渡についてこれを受領しなかつたという受領遅滞の責任を追求するものとして、その受領遅滞を原因とする(イ)「長期間保管したため」(品痛みによる損害)とか、(ロ)「ブナ材の市価値下りによつて」(同上の損害)とか、(ハ)「FOBチヤーヂ値上りのため」(同上の損害)とかによる損害が発生したというものである。
1 しかし、前述の内容証明郵便に記載された「横浜富島組倉庫保管中の現品三四六、八八立方米」はMX-二九六の売買契約のものであるところ、右契約による受渡の履行は、「受渡場所 横浜港又は大阪港倉庫渡し」であつて、しかも「買人指定ノ本船ニ積込ノコト」とされていた(乙第一号証の一買約証参照)のであるから、被控訴人が自らそのブナ材の一部を富島組倉庫に保管していたとしても、未だ以て受渡の履行について、被控訴人にその履行のための現実の提供があつたとは認めることができない。
また、栃木、福島両県下の工場に保管中の製材については、被控訴人自ら工場に保管中であつたというのであるから、これを以て「契約の本旨に従い履行の提供をなした」とせらるべきでないことは多言を要しない。
控訴人に於て、本船の指定ができなかつたのは、イスラエル紛争によつて配船が得られなかつたという信義則上も宥恕すべき不可抗力によるものであつたのである。
2 仮に控訴人について受領遅滞の責を問わるべきものとしても、先に昭和四一年一一月一〇日付準備書面第五項に於て申述べたとおり「債権者は債務者の履行の提供に対し、これを受領する権利はあつてもその義務はないのであるから、前記(イ)、(ロ)及び(ハ)の各損害の発生が仮にあつたとしても、これが賠償の請求を為すことができないものであること夙に判例の示すところである」。
五、次に、被控訴人は前述の内容証明郵便を以て、その記載の事由によつて本件二個の売買を解除したものであると主張する。
しかしながら、富島組倉庫保管の現品三四六、八八立方米分についての代金の支払について履行遅滞があつたとする債務の不履行による契約の解除は、その現品の売買に関するMX-二九六の契約にだけその効果を及ぼすものでなければならない。
仮にMX-二九六の売買契約による代金の一部について債務の不履行があつたとしても、これによつて他のMX-二九七の売買契約まで解除し得べき筋合ではない。
六、抑々本件二個の売買契約は、その代金の支払を国内信用状を以て為す旨特約し、買主である控訴人は既に所定の国内信用状を開設してこれを売主である被控訴人に交付しているものであるところ、このような場合は、被控訴人はその信用状の記載の要件に従つて期限までに自ら提供証券を調整してこれが提供を為し、弁済を受けるべきものである。
故に、被控訴人はその特約に係る信用状によらずして、代金の支払の請求を為し得べきではない。
特に本件の場合、MX-二九六の売買の代金の支払のために開設された九二/四五(乙第一四号証の一)の国内信用状について、被控訴人は昭和三一年一〇月五日イスラエル紛争によつて控訴人が該国から親信用状を得られない窮状にあることを諒承し、控訴人に対して「貴社の御指図があるまでは該信用状によつて銀行為替取組みを行わないことを確約する」との念書(甲第四号証)を差入れ、その代金の支払の請求を控訴人の承諾があるまで猶予しているのである。
従つて、なおさら、被控訴人は控訴人に対し、MX-二九六の売買に関してその代金の請求を為してはならないのである。
また、事実、被控訴人はそのような特殊な事情もあつてか、信用状による自らの弁済受領のための行為を為してはいないのである。
七、故に被控訴人が前記の内容証明郵便を以てMX-二九六の売買代金について、その支払方法の特約とする信用状を外とした請求を試み、その履行遅滞を事由として右売買を解除することは許さるべきではない。
八、仮に然らずとしても、被控訴人が解除をも為さないMX-二九七の売買によるブナ材についてまで、「解除による損害賠償」との名目を以て、未だ受領遅滞にもなつていないのに拘らず、実質上受領遅滞による責任を問わんとすることは明に失当である。
九、また、仮に被控訴人のいうような損害賠償請求権の成立を認め得べきものとしても、昭和四一年一一月一〇日付準備書面第六項に於て申述べたとおり、その損害の発生並びに額を立証する証拠は殆んどといつてよい位ないのである。
ただ在るのは、被控訴人が控訴人に宛てて差出された内容証明郵便の記載だけであつて、到底これを以て証拠とは為し難いものである。
特に御明察を賜りたいのである。
別紙(二)
被控訴人の準備書面(昭和四四年六月四日付)
一、控訴人の右準備書面二項に対し
本項5において控訴人は「控訴人から確認の趣旨の副署を得ておくことを要件とするものであつたこと」として乙第一四号証の一を掲記しているが、同号証は右副署を必要としないものであつたことを指摘し、その他本項において控訴人が陳べていることに対しては別段異議はない。
二、同書面三項に対し
本項において控訴人が陳べていることに対しては別段異議はない。ただイスラエル戦争勃発当時、被控訴人は控訴人に対し、本件契約の義務履行として従来通り製材を続けて可なりや否やを問合せたところ、控訴人より必ずしもイスラエル向輸出を固執せず、若しイスラエル向輸出が不適当なら、控訴人は英国人商社であるから、他の英国圏内の地域に輸出することが可能であるから、引続き製材して欲しい旨の申出があつたことは原審において明にされたところである(昭和四一年四月一九日堀士幸雄の証言)。
三、同書面四項に対し
本項前段において陳べていることに対しては別段異議はないが、その1、2において陳べていることに対しては次の如く反論する。
1、に対し
本項において控訴人は『右契約による受渡の履行は、「受渡場所横浜港又は大阪港倉庫渡し」であつて、しかも「買人指定の本船に積込のこと」とされていた(乙第一号証の一買約証参照)のであるから、被控訴人が自らそのブナ材の一部を富島組倉庫に保管していたとしても、未だ以て受渡の履行について、被控訴人にその履行のための現実の提供があつたとは認めることができない』と陳べている。
しかしながら右主張はMX-二九六の買約証(乙第一号証の一)の条件を誤解したか若くは曲解したものである。
本件買約証に定められた履行の提供たる場所は右に受渡場所と明示された横浜港又は大阪港倉庫である。従つて本件では右横浜港倉庫に入れれば現実に履行の提供がなされたことになるのである。
このことは右買約証に基づき発行された国内信用状(22/45)「乙第一四号証の一」にも、その支払のため横浜港富島組発行の倉庫保管証を条件としていることからみても明白である(乙第一四号証の一)。
また右横浜港富島組倉庫に入庫することによつて、売主の義務たる履行の提供は尽されたものであるから右履行の提供以後の本件ブナ材の保管料については控訴人が当然これを負担すべきものである。このことは控訴人もこれを認めているのである(昭和三二年五月六日付控訴人宛内容証明郵便「乙第四号証の一」)。
更に原審証人松木義雄(昭和四一年二月一五日出廷)は横浜港倉庫に入庫したことを以て売主たる被控訴人の義務が終了したものであることを繰り返し証言していることからも右の事実が裏付けられるものである。
ただ控訴人が誤解したのは恐らく本件がFOB値段であることから、本件買約証(乙第一号証の一)代金欄に「横浜港又は大阪港本船積込み渡し値段」と記載され、また受渡期限欄に「買人指定の本船に積込みのこと」とあるところに原因しているものと想像される。
しかしながら、右に定めたFOB値段と履行の提供とは別個の観念である。また被控訴人が履行の提供後、本船に積込むものとしても、イスラエル紛争に藉ロして控訴人より契約に定めた船名及び入港月日の通知がない以上、積込みができないことは蓋し当然である。
尤も右買約証に定められた、品物の内、平均価格以上で他に優先転売可能の品物である、三吋厚平板一〇四、九五立方米については、イスラエル紛争にもかかわらず取引が完了されていることは原審にて明な通りである。
控訴人は「また、栃木、福島両県下の工場に保管中の製材については、被控訴人自ら工場に保管中であつたというのであるから、これを以て『契約の本旨に従い履行の提供をなした』とせらるべきでないことは多言を要しない」と陳べている。
しかしながら、右両県下の工場に保管中の本件ブナ材の引渡義務について、被控訴人に債務不履行の責任のないことは、原判決認定の通りである(原判決理由二項(2) 参照)から、原判決中右の部分をここに援用し反論に代える。
2、に対し
本項において控訴人主張の如く控訴人が受領遅滞の責を問わるべき場合、売主が契約の本旨に従い履行の提供をなしたなら、買主はこれに対し代金支払義務があるのであるから、買主はまずその義務を果たすべきである。
その義務を尽さずして、買主に品物を受領する権利はあつても、その義務はないと解するのは如何なものであろうか。
買主がその義務を履行せずして売主に損害を与えたなら、これに対し損害賠償の責に任ずることは蓋し当然のことである。
四、同書面五項に対し
本項において控訴人はMX-二九七の売買契約の解除につき言及している。
しかしながら、被控訴人は控訴人に対し昭和三二年五月六日付内容証明郵便(乙第四号証の一)を以てMX-二九六、MX-二九七の両契約の内、ブナ材の引渡を了していない部分につき契約解除の通知をなしたものであつて、控訴人主張の如くMX-二九六についてのみ契約解除したものではない。このことは原判決理由二項(3) に説示されている通りである。
五、同書面六項に対し
本項において控訴人は本件二個の売買契約につき、その代金の支払を国内信用状を以てなす旨特約したと陳べ、そして更に右信用状によらずして代金の支払の請求を為し得べきでないと陳べている。
抑々国内信用状による支払は時には売主に資金が潤沢でない場合を予想し、材料購入費等に充当するため前金として支払われるのが通例である。本件取引において開設された国内信用状による支払もまた右の場合に該当するものである(原審証人吉岡秀之の昭和四一年四月一九日付証言参照)。
しかしながら、副署を拒否することによつて右国内信用状による代金支払が不能となるときは、被控訴人にとつて甚だ迷惑となるのである。若し右副署を拒否することによつて買主が国内信用状による代金支払を免れたとし、これにより売主たる被控訴人に損害を与えたときはこれが損害賠償の責に任ずることは当然である。
倉田寛吉鑑定人は同鑑定書において、「信用状開設銀行による支払は、銀行が支払わない場合は買主が支払うという条件附支払であつて、若し発行銀行により支払が拒絶された場合は当然買主は売主に対し損害賠償の責任を有するものである」との趣旨の鑑定をなしていることからも一層明かである(同鑑定書一六頁裏一行目乃至九行目参照)。
控訴人はまた「被控訴人は昭和三一年一〇月五日イスラエル紛争によつて控訴人が該国から親信用状を得られない窮状にあることを諒承し……」と陳べているが、被控訴人がかかる事実を諒承したことはないので右の点は否認する。被控訴人としては本件が国内信用状による取引契約であるので、右国内信用状の親信用状がどうであろうと関心はないのである。
控訴人はまた甲第四号証を引用し、これにつき言及している。しかしながら右主張は事実をすり替えて陳べているので失言というの外はない。右甲第四号証の作成の経過については既に昭和四三年一月二九日付「鑑定の申出に対する被控訴人の意見(再び)」中、その三項において既に陳べているので、ここにこれを援用し右に対する反論とする。
更に控訴人引用の信用状92/45(乙第一四号証の一)については、昭和三一年一二月二四日控訴人より代金支払を受け右信用状による支払は完了しているものである。
従つて控訴人が本項末段において、「また、事実被控訴人はそのような特殊な事情もあつてか、信用状による自らの弁済のための行為を為してはいないのである」と陳べているのは右の事実に照らし真実を陳べたものではない。
六、同書面七項に対し
前項において反論したので、ここでは控訴人の主張は否認する程度に留める。
七、同書面八項に対し
MX-二九七の売買契約についても適法に契約解除がなされたことは既述の通りである(四項参照)。
八、同書面九項に対し
原判決挙示の証拠(証言を含め)に鑑み充分立証を尽しているのであるから、控訴人の主張は失当である。